医療の目的と医療者の意義 -ダイの大冒険から考えてみた-

医療×エンタメ

記念すべき「エンタメを通じて医療を学ぼう」企画 第一回目です。(パチパチ👏)。

本ブログのタイトルの「冒険」にちなんで、名作マンガ「ダイの大冒険」のワンシーンから、医療の目的、そして医療者とは、という漠然とした問いに対して、自分の考えを書いてみたいと思います。

(以下ネタバレを一部含みますので注意してください。)

Blaze@バハ会JP (@BlazeLatelier) さんの漫画 | 11作目 | ツイコミ(仮)

引用:ダイの大冒険(監修:堀井雄二、原作:三条陸、作画:稲田浩司) 36巻 集英社

大魔導士ポップは幼少時代を思い出します。『死』というものの存在に徐々に気づき始め、それがどうしようもなく怖くなってしまい、夜中に泣いてしまった時のことです。ポップの母親は、ポップを優しく抱きしめて、こう言います。

『人間は誰でもいつかは死ぬ・・・だから・・・

みんな一生懸命生きるのよ』

上記のシーンは自分が青春時代に読んでいて心震えたワンシーンなのですが、皆さんの中にも同じような方、いらっしゃるのではないでしょうか。

さて、この言葉、医療というものの本質をついている気がします。医療とはなんのためにあるのか。

大前提として、ヒトはいつか死ぬ定めだということです。今の医学で200歳まで生きられる人は、残念ながら存在しません。死はどんな人にもいつか必ずやってくるもので、避けられないことです。そこから逃げようと必死なのが、漫画の悪者たちあるあるです(鬼舞辻無惨とかフリーザとかそうですよね)。では、何のために医療は存在しているのか。

ポップのお母さんが教えてくれている気がします。いずれやってくる死というエピローグにむけて、みんな一生懸命生きているからではないでしょうか。人生という冒険の道半ばで、苦しむ人たちがいる。まだ冒険は続いていくのに…。その苦しむ人たちを、また冒険に戻してあげることが医療の本質であると自分は考えています。

ドラクエで回復呪文を使って勇者の冒険を手助けする「僧侶」っていますよね。医療者はいわば

勇者(患者さん)の冒険を手助けする「僧侶」

なんじゃないかって思うんです。

ポップの母の我が子への優しい言葉は、われわれ医療者に対しても、あるべき姿を教えてくれているような気がします。

何か漠然とした内容を1回目に扱ってしまいました。医療について考えたことを勝手に共有させてもらいましたが、医療に対しての考え方は人それぞれで、答えは一つではないと思います。

本日の格言

『老いることも死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだ。老いるからこそ、死ぬからこそ、堪らなく愛おしく、尊いのだ』

ー煉獄杏寿郎 

引用:「鬼滅の刃」吾峠呼世晴/集英社

煉獄さーーーん😭 
それではまた👋