「金田一少年の事件簿」から「ER診療」について考えてみた。

医療×エンタメ

こんにちわ、救急医はるだんです。

謎解き系のクイズ番組や脱出ゲームなど、知的エンタメが今ホットですね。自分も結構昔からこういった類のものは好きな方なんですが、特に今回紹介する「金田一少年の事件簿」が子供の頃から大好きでした。同世代の方はわかってくれる方がいるかなと思うんですが、解決編直前に「真相当てクイズ」っていうものがあって、犯人だったりトリックだったりを何とか当ててやろうと一日中考えてたりとかしてた頃もありました。

こういった多彩な手がかりから、犯人を見つけてそのトリックを暴く作業って、救急医療で多彩な患者さんからの情報を使って診断を導き出す過程に似ていると思うんですよね。今回は金田一少年の事件簿から、ERでの診断についてその類似点、相違点を俯瞰してみたいと思います。

引用:講談社コミックス. 金田一少年の事件簿R. 著:さとう ふみや 原作:天樹 征丸
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ER診療の「金田一少年の事件簿」との類似点

1:限られた環境で診断(犯人探し)をしなければならない

金田一少年の事件簿では、しばしば犯人によって、外界からの連絡が閉ざされた環境が作りだされ、警察の科学的な操作が入り込めないような環境での推理を余儀なくされます。こういった限られた環境で犯人(診断)を推理しなければならないという点は、ER診療にも似ています。特に夜間のER診療においては人的資源も限られており、病院によりその幅はあれど、検査はなんでもできるというわけではありません。その限られた手札の中で、臨床推論を行い、診断に迫っていかなければなりません。

2:もたもたしていると、新たな患者の不利益(被害)が出ることがある。

金田一少年の事件簿では、被害者が多数のことがほとんどです。金田一少年の推理がもう少し遅れていた場合には、さらなるもう一人の犠牲者が出ていた場合も少なくありません。ER診療でも、重篤な患者の場合には、診断にこだわりすぎて時間をかけていると患者の状態が悪化につながるケースがあります。診断を進めると同時に時には患者に対する介入(治療)を開始していなければなりません。より確定的な診断にこだわるあまりに、患者に不利益が出ては元も子もありません。

3: 解決した後に過去を振り返ると、多くの気づきがある。(全てが一本に繋がることがある)

金田一少年の事件簿での推理は見事で、事件の真相を聞いた後には、あらゆる散りばめられた伏線が全て回収され、一本につながります。あまりそもそもの知識がないとわからないような化学反応を利用したトリックなどは少なく、真相当てクイズに挑戦していた身としては、真相を聞いた後には「もっと考えれば判ったかも」と読者として悔しい思いをすることも何度もありました。ER診療でも、事後に患者の病態が明らかになってくることはよく経験します。時間が経過してきた時に、振り返ると多くの気づきがあることも非常に多いです。”Listen to the patient. He is telling you the diagnosis”というWilliam Oslerの有名な格言がありますが、本当にその通りで、後から振り返ると、患者さんが話していた関係のないと思われたことが実は関係していたということなんかもあります。患者さんからの病歴聴取は重要ですね。

4: 犯人探しにはコラボレーションが大事

金田一少年はよく、犯人の事件の動機を明らかにするため、友人である明智警視や剣持警部に電話で気になる点を調べてもらったり、友人の佐木君の撮影したビデオからトリック解明の手がかりを得ることがあります。このように一人で全て解決というわけではなく、周りのサポートもしっかり受けながら金田一少年は事件を解決しています。ER診療も救急医一人で全てを完了することはできません。周りの専門家に必要時にはコンサルテーションを行い、サポートを借りることは決して恥ずかしいことではありません。他科とのコラボレーション能力もER医の能力の1つだと思います。

5: 診断名(犯人)にはきっかけ(動機)があることが多い

金田一少年の事件簿の犯人の事件のきっかけとなった動機には、壮絶な悲しいエピソードが背景にあることが多いです。ER診療においても動機、すなわち症状のきっかけを聞くことは重要です。例えば、胆嚢炎を起こした患者には脂物を食べた後というエピソードが多いですし、腸閉塞の原因として消化の悪いものを食べたエピソードがあったりすることもあります。不整脈を起こしてきた患者がアルコール飲酒がきっかけであったりもします。このようなエピソードを把握することが患者の診断につながることはよく経験します。

一方、ER診療において「金田一少年の事件簿」とはちょっと違うなという点はどうでしょうか。

ER診療の「金田一少年の事件簿」との相違点

1: 「謎はすべてとけ、、、ないこともよくある」

ER診療でも金田一少年の名文句「謎はすべてとけた」を毎回言いたいところですが、残念ながら、謎がすべてとけないこともよくあります。ERでの限られた検査・診療体制と、患者の病態が早期であることがその大きな要因です。このような背景の中で、ER診療では「緊急性疾患を見逃さない」ことが特に重視されます。金田一少年的に例えるならば、犯人が誰かわからなくても、犯人が今後新たな被害者を出さないと判断できれば、それでいいという考え方ですね。もちろん犯人をほっとくわけではなく、こういった場合にはうまく「時間」というものを使っていきます。緊急性疾患が除外されれば患者さんにメリットがあるであろうと判断する薬剤などを使用しながら経過をみて、現時点で考えられる診断の可能性について説明し、次回の専門家外来に繋いだりして、より正確な診断を進めてもらいます。「後医は名医」という言葉があります。時間が経てば情報量は増え、診断はより容易であるということです。

2: 意外な人が犯人のことは比較的少ない

金田一少年の事件簿では、意外な人物が犯人であることはよくあることですが、ERではそれは当てはまりません。疫学の考え方は重要で、ER診療ではあらゆる疾患群が集まりますので、よくある疾患(common disease)はそれだけ多く症例を経験します。また、高血圧や糖尿病など動脈硬化リスクを多く持っている方に心筋梗塞は多いですし、若年の細身の男性に気胸は多いですし、肥満体型の中年女性では胆石症は多いです。金田一少年の事件簿では、読者側では「意外な人が犯人では?」と裏読みして事件を考えたりもしちゃいますが、ER診療では最初から希少な疾患から鑑別にあげるのは効率的ではないかなと思います(もちろん可能性の話ですので、希少な疾患が隠れていることもあります)。

3:異なる事件に対して同時進行で挑まなければならない

金田一少年の事件簿では一般的には1つの事件に対して推理を展開していきますが、日本のERは多忙なので、1つずつ対応していくわけにはいきません。同時進行で何人もの患者に対応していく能力が問われます。しかし、同時進行の数が少ない方がER医にとってもよりやりやすいのはいうまでもありません。ERの多忙さは問題で、コンビニ受診や過度な救急車要請が要因になっているのは間違いないと思います。時間外労働が激務であることは、医療過誤の誘引にもなり得ますし、患者側からは待ち時間が長いことを怒鳴られたりする場合もあります。こういった事実は、ただでさえ時間外労働が多いER医離れを加速させ、さらなる環境悪化につながっていきます。コンビニが夜間開かなくなったところが出てきていますが、ER診療が今後そうなる可能性だってゼロではありません。国民全体、社会全体で考えていくべきことかなと思います。

4: 「ジッチャンの名」にかけられない

最後に、金田一少年の事件簿では「ジッチャンの名にかけて」という名文句がありますが、この名言を繰り出すことが大抵のER医にはできません(中には「ジッチャン」がスーパーER医であるドクターもいるかもしれませんが)。しかし、ER医師は皆、地域の救急医療に貢献するという大きな責任とプライドを持って仕事をしていると思います。

以上、「金田一少年の事件簿」からER診療について考えてみました。

金田一少年のように日々活躍するER診療医に対して、暖かいエールをよろしくお願いします。

本日の格言

You see, but you do not observe. 

The distinction is clear..

「君は見ている。でも観察していない。その違いは明らかだ。」

Sherlock Holmes.(シャーロック・ホームズ)

Scandal in Bohemia  (Sir Arthur Ignatius Conan Doyle)
『ボヘミア王家の醜聞』(アーサー・コナン・ドイル)より

このシャーロック・ホームズの格言、ER診療にも通じるものがありますね。

それではまた👋

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